Everyday is Wednesday

愉快な仲間はいないし、おもしろおかしくもない。

本気で逃げまくろうと思います。

最近、脚本の勉強をしています。
コピーライターだからコピーそのものの勉強をした方がいいのは火を見るより明らかですが、自分が死ぬほど飽きっぽい性格だということに25年生きてきてやっと気づきました。なので「真正面からだけでなく、別角度からもコピーの勉強をしよう」「飽きたらまた別の角度から攻めてみよう」「なにはともあれ、コピーを勉強すること自体は飽きないようにしよう」そんな風に考えました。ふふふ、意識高いでしょう。意識だけは高いんですよ、ずっと。


コピーを学ぶにあたって『別角度』はいくつかあります。ある人は「女」だと言います。ある人は「お酒」、ある人は「ギャンブル」。「別角度なんかあるか。一個でも多くコピーにしがみついた奴が勝つんだよ」という人もいます。ぜんぶ正解だと思います。そんな中で、僕は脚本に目をつけました。「エンタメの設計図である脚本と、ビジネスの設計図であるコピーが合わされば、これはもう無敵なのでは?」というバカの足し算です。また、恋愛やギャンブルなどと違ってそのスキルが体系化されていて、とっつきやすいなあと思ったのも理由の一つです。


そんなこんなで、脚本をかじっているのですが、これがまあ面白い。映画とか見ていると、なんとなーくこの辺で人が死ぬのではとか、敵に騙されるのではとかわかるものですが、実際に「展開の必勝リレー」みたいなのがあるんですね。こうしたら面白いよ、ではなくて、こうしないと面白くないよ、というレベル。将棋でいうところの定石みたいなものですかね?[5なるほど/頁]くらいのペースで納得しながら読んでいました。


特に心を打たれたのはこの言葉。
「大事なのは読んでいるそのページで何が起きているかじゃない。読んだ人の心の中で何が起きたか」
主人公が泣こうが喚こうが、見ている人が何とも思わなければ、その脚本はクソだと。
はぁー、とため息が漏れました。
伝えたいことを書き連ねるのではなく、伝えたいことを心の中で引き起こすような文を書けと。
廊下を走って欲しくないから「廊下を走るな」と言っても(うぜーな)と思われるのが関の山、「ケガすると昼休み退屈になるぞ」と言って(確かに)と思わせろと。
うーん、当たり前。当たり前だけど、忘れかけていた。いや、考えてなかっただけか。難しいから。


コピーだって「読者のことを考えて書け」なんて初歩的なことは、いろんな人から言われてたはずなのに、今更ハッとしました。これは、自分のお母さんから注意されても素直に聞けないけど、友達のお母さんから言われると結構グサッとくるみたいなことだと思います。違うか。
とにもかくにも、いい勉強になってるのは確かです。『専門外のところからの気づきボーナス』が余計に納得度を高めています。
というのも、専門のことになるとどうしても学びに義務感が生じてしまい、受動的な態度をとっちゃいますけど、専門外だとなんか能動的に学べている気がするのです。

なので、

 

 

と、ここまで書いて気づきましたが、これはあれですね。
いつもの部屋掃除より、テスト前にやる部屋掃除の方が力入るのと同じやつ。

逃避行動。

逃避行動…。
でもまあ、本気で逃げまくろうと思います。

 

 

 

終わりでーす(三四郎・小宮)